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  • スポーツ、アウトドア、車 > 自動車 > カスタマイズ
  • Wed, 16 Oct 2019
  • 質問No. 8904893

解決
済み
Q 理解的の疑問や質問

  • 閲覧数17
  • 質問総数2

A理解的のQ&A回答一覧

    Yahoo!知恵袋

    • 投稿日時 - Wed, 16 Oct 2019 03:34:04
    • 閲覧数 17
    質問

    車高調の全長調整式とネジ調整式の違いについて。 イラストを見ても、いまいち理解できていないかもしれません。

    前者はスプリング長をキープしつつ、ロアブラケットを移動させて車高を調整するに対して、後者はスプリング長を変化させて、スプリングシートを移動させて車高を調整。

    前者はスプリングシートもブラケットも移動できるが、後者はスプリングシートのみ移動でき、ブラケットは固定されているものという解釈で良いですか?

    間違っているようでしたら教えてください。
    アンサー
    回答

    見ている絵が良くないな。


    理解的には合ってます。
    ただ、ロアシートで調整する事には間違いないのですが、スプリング長を変化させるのでは無く、ロアシートの位置を変えるとそれに伴い車高が変化するというふうに解釈して下さい。
    スポーツ、アウトドア、車 > 自動車 > カスタマイズ
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    • 同意数-3(6-9)
    • 回答数2
    • 投稿日時 - Sun, 06 Oct 2019 07:25:02
    • 閲覧数 35
    質問

    「シェーンベルク」と「ベルク」と「ヴェーベルン」の作風、作品の違いは何でしょうか。 「シェーンベルク」と「ベルク」と「ヴェーベルン」の作風、作品の違いは何でしょうか。
    アンサー
    回答

    この場合のシェーンベルクは無調以降と考えるべきだろうから初期の「浄夜」や「グレの歌」などは除く。

    年齢順に並べるとシェーンベルク、ウェーベルン、ベルクとなり(SWB)死去順に並べるとベルク、ウェーベルン、シェーンベルク(BWS)となり見事な「逆行形」をつくっている。(SWBWS)
    戦争を知らないベルクに戦争に殺されたウェーベルン、そして戦争で祖国を失ったシェーンベルク。

    この3人の中で最も前時代後期ロマン派に近い香りを残しているのがアルバン・ベルクである。
    12音技法を使ってはいるがそれが調性を帯びていたり、また12音の厳格な規則から外れて無調音楽の領域に戻ったりと、前時代と新時代の狭間で逍遥するかのごとき創作人生であった。
    なにより彼の音楽にはドラマが宿っている。
    無標題の器楽作品でさえ「言葉のないオペラ」に例えられることがしばしばで、一分の隙もない窒息しそうなほど濃密な音と音との綾模様の中に聞き手の心はがっしりと絡めとられ、やがて生々しい快感を伴った息苦しさを体験することになる。
    私も高校生のときベルクの音楽を聞きながら窒息しかけたことがあった。
    残された2つのオペラも男女の性愛を軸とした人間群像劇であり、シェーンベルクの声楽作品「モーゼとアロン」や「幸福な手」などに見られる神や芸術の在り方がどうたらこうたらといった辛気臭いものはなく、我々生身の人間のすぐ近くにある題材が選ばれている。
    彼は病魔に全身を侵されて若くしてこの世を去るが、おそらく長生きしていてもSWのほうには寄っていかなかった気がする。あのまま「ロマン的十二音主義」を貫いていたのではないか。
    尤も戦争を体験していたらどうなっていたかわからないが。

    シェーンベルクになるとベルクの持つロマン性・抒情性が徐々に排除されてくるようになる。調性を感じさせるような音列を意識的に避け、確信犯的に「分からない音楽」を作り出しているように思える。彼の音楽を聞いて「わからない」「何も感じられない」という感想をよく聞くが本人が確信犯的に音をそのように操作しているのだからむしろ想定通りの反応ということになろう。
    とは言っても彼の初期のころからのロマン性の残り香のようなものが音楽のもつ「流れ」の中で確認できるのも確かである。
    彼の音楽は抒情性を排しながらも旋律線までをも否定はしていない。
    難解かつ晦渋な響きを持ちながらも音楽の持つ旋律の流れとテンポによる律動はきちんと保持されているのである。この辺は「木管五重奏曲」あたりを聞いてみるとよくわかる。セリーによる旋律は明確なテンポに支えられながら人を寄せ付けない非情な「歌」を歌っている。

    https://www.youtube.com/watch?v=VUEj5q43nec

    ウェーベルンになるとシェーンベルクの持っていたわずかばかりの旋律線までもが解体していくことになる。
    線を解体すると残されるのは点となる。
    彼の音楽は点と点を独立させ(繋ぐと線になってしまうから)その孤立した点同志を十二音技法という人工的な「法律」によって辛うじて共存させようとする。
    なんか孤独な現代人の生き方になんとなく似ている(?)

    https://www.youtube.com/watch?v=Xq2gwuKDPnY

    これは作品21の「交響曲」であるがブラームスやマーラーの交響曲とは全く異なる次元の音楽であることが一目瞭然に見てとれるだろう。
    そして本来旋律線としてまとまってあるはずの線が各楽器にばらばらに分解・分配され点となってあっちにひとつ、こっちにひとつといった具合に散らばっているのもわかる。
    それぞれの点はもはや「歌」を歌う気などさらさら無く、十二音によるセリーを成立させるための役割しか担っていない。

    だから極端に言えば「与えられた順番が来たとき指定された長さと強さで音を出せばいいんでしょ、それ以上余計なこと考えなくていいよね、例えば自分の音で誰かを感動させたり笑わせたり、そんなこと考えずに音さえ出せばいいんだよね」
    こんな感じになっている。

    ブーレーズは若いころこう言った。

    「シェーンベルクは死んだ。ウェーベルン万歳」

    シェーンベルクでさえも旧式の音楽とする先鋭的で前衛的な覇気と野望を感じさせる言葉である。
    またグールドはこうも言ってる
    「後世への影響という点ではヒンデミットが取るに足らないのに対しウェーベルンは甚大だった」(因みにグールドはヒンデミットを事あるごとに揶揄していたがその音楽には理解的だった)

    以降ブーレーズらの手によってセリーの思考は音程だけにとどまらず、音高、音の長さ、音色などにも適用されて、それら複数のパラメータが複雑に絡み合う「セリー・アンテグラル」へと発展してゆき20世紀戦後の楽壇を席巻してゆくことになる。
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    • 同意数10(17-7)
    • 回答数3
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