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  • Wed, 18 Sep 2019
  • 質問No. 5921138

解決
済み
Q 国立公文書館所蔵の疑問や質問

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  • 質問総数1

A国立公文書館所蔵のQ&A回答一覧

    Yahoo!知恵袋

    • 投稿日時 - Wed, 18 Sep 2019 05:38:50
    • 閲覧数 214
    質問

    南京事件で捕虜虐殺はなかったのですか?

    ちょっと南京事件について勉強しました。
    南京事件の核は、16師団の佐々木旅団の捕虜虐殺と幕府山事件ですよね? ところが、
    外務省の歴史問題Q&Aではこうなっています。


    問6 「南京事件」に対して、日本政府はどのように考えていますか。


    1日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困...
    アンサー
    回答

    イヤイヤ…

    >ちょっと南京事件について勉強しました。

    って、ひょっとして、ネットで「勉強したつもり」になっちゃってません?

    政府の公式見解の『非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない』の“非戦闘員”という言い回しを、『捕虜の殺害を否定した』って事にしちまうのは、否定論の中でも、ネットの極一部に生息する『相当レベルの低い皆様』だけですよ…

    その手の話にひっかかるのって、第三者的には「キノドク感」た~っぷりなのですが…

    国立公文書館アジア歴史資料センターで「南京附近戦闘詳報 歩兵第33連隊」という軍内の公式報告の中の「鹵獲表」が見られます(もし見たければ、↓のページにレファレンスコードC11111198100を入れて、全44画像中の43画像目です)

    https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/reference

    その表には「浮虜」(=俘虜=捕虜のこと)の数として、将校14、准士官、下士官、兵3,082という数が記載され、更に備考欄には『俘虜は処断す』、敵の遺棄死体の表のところには『十二月十三日の分は処決せし敗残兵を含む』と書いてあります。
    これって、浮虜(=捕虜)=敗残兵、処断=処決=処刑、って意味以外に理解できませんよね。処刑しなきゃ、捕虜=敗残兵は死体になりません…

    公式報告に書いてある、と言う事は、少なくともその連隊にとっては「命令を実行した」と言う認識だった事を示しています。命令に基づかない殺害は、いくら軍であっても単なる「殺人」になってしまいますから、公式報告に堂々と書くはずが無いです。

    因みに、歩兵第33連隊と歩兵第38連隊とで佐々木旅団が構成されていました。

    ↓は、「ゴリゴリの否定派」のサイトが、元陸軍将校と陸自将官の親睦団体偕行社が機関紙「偕行」で、「証言による南京戦史」というシリーズ記事を転載している中の、昭和59年8月号の『証言による『南京戦史』(5)』です。

    http://history.gr.jp/nanking/sougen_nanking05.pdf

    ↑の2/6にある児玉義雄氏(第16師団歩兵第30旅団歩兵第38連隊副官)の証言を引用します。

    『連隊の第一線が、南京城一、二キロ近くまで近接して、彼我入り乱れて混戦していた頃、師団副官の声で、師団命令として「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」と電話で伝えられた。私はこれはとんでもないことだと、大きなショックを受けた。
    師団長中島今朝吾将軍は豪快な将軍で好ましい御人柄と思っておりますが、この命令だけは何としても納得できないと思っております。参謀長以下参謀にも幾度か意見具申しましたが、採用するところとならず、その責任は私にもあると存じます。
    部隊としては実に驚き、困却しましたが、命令やむを得ず、各大隊に下達しましたが、各大隊からは、その後何ひとつ報告はありませんでした。激戦の最中ですからご想像いただけるでしょう。』

    佐々木少将よりも上の「師団命令」として『捕虜を“処置”せよ』が出ていた、それを当時の将校が証言している、って事ですね。
    この“処置”も、処断・処決同様処刑を意味するのは言う迄もないです。でなきゃ「これはとんでもないことだと、大きなショックを受けた。」、「この命令だけは何としても納得できない」って事になる訳がないです。(既述の通り、第38連隊も佐々木旅団)

    3/6にある第16師団副官宮本四郎氏の遺稿からも引用すると…

    『私はその時“一万の捕虜”をどのように収容するか”を考えなければならなかった。(中略)しかし、人間は水さえ飲んでいれば十日や二十日は保つというから、食飼のことは何とかなるだろう。参謀長に指示をうけようとしたが、参謀長は即座に「捕虜はつくらん」とと言われたので、後方参謀に話した。暫くすると、紺色の服をきた捕虜が、四列縦隊でゾロゾロやってきた。』

    とあります。この「捕虜はつくらん」の意味も明らかですね。その師団副官の命令を聞いた第38連隊副官が「処置せよ」と言われて「とんでもないこと」で「大きなショック」を受けたと言っているのですからね…

    で、超有名だけど、念の為挙げて置くと、第16師団の師団長の中島今朝吾がその日記の12月13日分に…

    『大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなしたる共千五千一万の群集となれば之が武装を解除することすら出来ず唯彼等が全く戦意を失ひぞろぞろついて来るから安全なるものの之が一端掻擾せば始末に困るので』(以下略)

    『此七八千人、之を片付くるには相当大なる壕を要し中々見当らず 一案としては百二百に分割したる後適当のけ処に誘きて処理する予定なり』

    と書いてます。

    元々捕虜はとらないつもりで、「戦意を失ってぞろぞろついてくる」降伏兵を“片付ける”為には大きな穴が必要だが見つからない、なんて事を第16師団長が日記に書いていた、って事です。(「南京戦史資料集 Ⅰ」(南京戦史編集委員会・偕行社・1989年所収)

    さて、これでも、捕虜の処刑が無かった、なんて真顔で言える人間がいると思いますか??

    国立公文書館所蔵の軍の公式文書に処刑の記載があって、師団レベルの命令が出ていた事が、複数の将校の証言や師団長自身の日記に書いてあるのに?

    勿論…

    自身が訴えられた名誉毀損裁判の判決文で、英語の定冠詞を無視したトンデモ英文解釈を「論理に破綻を来しているというほかはない」、「学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない」などとボロンケチョンに言われ、

    「写真」が虐殺の証拠だなんて言っている真っ当な研究者なんて誰もおらんのに「虐殺の証拠写真は悉くウソだ」ってな本を書いてシコタマ儲けた(であろう)

    東中野修道とか、

    松井石根の日記に(他の研究者だって原本を読めるのに)大胆にも大量の改竄を加えて出版してバレてしまった

    田中正明とか

    のレベルになると、中島今朝吾日記の『捕虜はせぬ方針』とは釈放の意味なのだ、とか言っちゃってますよ…
    普段からメチャクチャですから…

    が、『南京攻略戦当時の軍の公式報告に俘虜の処断=敗残兵の処決が記載されている』事実だけで、その「俘虜の処断」が命令に基づくものだ、というのは明らかです。

    その報告が国立公文書館に保管されていて&誰でも読めて、その裏も複数の将校の発言や日記で取れているのに、「俘虜の処断」(=捕虜の処刑)が無かった、なんて言い張っても空し過ぎじゃないですか…

    勿論、これが全部なのか、他にどの程度あったのか、それは別問題ですよ。

    虐殺があったとすれば、それは主に、①投降した捕虜、②一般人に紛れて生き延びようとしたが日本軍に“摘出”された敗残兵、③ その“摘出”の際に敗残兵として誤認された一般市民、この三つに分類できる、というのは、否定論者の中でも、トンデモ論者とか救い難い無知を除けば常識です。で、①と②は、どうひっくり返しても「処刑の事実」自体は否定が困難なんですよ…

    だから、ゴリゴリの否定派で、(専門は国際経済法の学者である)佐藤和男なんかは、捕虜や摘出された敗残兵の処刑は『事実』としてはあったが、それは合法なのだ、と、どうにか理屈を捏ねようとしているんです。(↓)

    https://w.atwiki.jp/nankin1937/pages/16.html

    勿論、私程度の国際法の知識でも「そりゃぁムチャでしょうが…」ってな代物ですがね…
    が、捕虜や摘出された敗残兵の処刑の『事実』は否定できないのだから、そこで頑張るしかないんですよ…

    ネットだと、佐藤和男よりも更にムチャクチャなのはありますよ、例えば、一時期このサイトでごく一部の人がコピペしていたらしき、

    『戦争の開始を決定することは、関係国を規律する法規を決定する前提となる。したがって、戦争の開始が法的に確認できなければ、実際に交戦行為が行われている場合でも、当然には、戦争法が適用されることにはならないのである。』(筒井若水「戦争と法」)の…

    「当然に《は》」を無視して、宣戦布告が無い日中戦争には戦争法は不適用、よって捕虜の処刑も不法では無い、って事にする

    →《は》でわかれよ、とは思うが、実際にその本読むと、筒井若水の言わんとするのは、宣戦布告がないと、戦争法の内中立法規などは不適用、捕虜殺害の禁止などの交戦法規は適用、と言う主旨

    とか…、他にもいくつか思い出します。どこぞの誰かが、真っ当な国際法学者の意見を都合の良い様につまみ食いして、原文と全く違う意味に摩り替え、それが、原本なんて読む気がサラサラない皆様によってコピペされていく…、ネットの『あるある』ですな…

    が、それも「捕虜の殺害」とか言った事実は否定できないから、元の本を読めばバレバレのインチキを使っても「殺害はあったが合法だ」と言う主張をしているのであって、『捕虜の殺害』の事実を否定しようとするなんて、そんなバレバレのインチキ以下ですがな…

    「非戦闘員」とは、辞書・事典類がまとめてひけるサイト「コトバンク」で見られる日本大百科全書(ニッポニカ)で…

    ~~

    非戦闘員
    ひせんとういん
    non-combatant

    軍隊構成員のうち衛生要員や宗教要員など軍を援助する目的で所属する要員。これらの要員は敵の権力内に陥ったとき戦闘員と同じく捕虜として取り扱われる。また非戦闘員という用語が、交戦国の文民・一般住民を包含する意味で用いられる場合がある。要するに戦闘員以外の国民すべてをさす。(以下略)

    ~~

    とある様に、元の意味は、衛生兵など直接戦闘に参加しない兵士を指す言葉ですが、文脈によっては一般市民を含む場合もあります。

    政府の公式見解での非戦闘員は「衛生兵などが殺された」ではないです、勿論…

    だからこの非戦闘員は「直接戦闘に参加している戦闘員以外」の全部です。文章の意味自体は、それ以上でもそれ以下でもないです。

    史料からすれば、戦意を喪失して日本軍の支配下に入った捕虜(=戦闘員ではない)も、常識的には含みます。
    教養と学問、サイエンス > 歴史 > 日本史
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